【世界特集】生成AIと宗教の関わり方――神の計画と愛のためにAIを正しく使うとはいかなることか | IHSガブリエルニュース
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特集・神学論説 2026年 IHSガブリエルニュース編集部
【世界特集】生成AIと宗教の関わり方
――神の計画と愛のためにAIを正しく使うとはいかなることか。そして、絶対に使ってはならない方法とは何か。
「物事の秩序は人格の秩序に従属すべきであって、その反対であってはならない。」
――教皇庁教理省・文化教育省『アンティクア・エト・ノヴァ(Antiqua et Nova):人工知能と人間知能の関係に関する覚書』(2025年1月28日)第69項
「AIは人々をコミュニティ――クラブや友人、教会――へと導くべきであり、擬似的な親密さへ深く引きずり込むべきではない。」
――マイケル・バゴット師(教皇庁立聖母使徒大学 カトリック神学者・生命倫理学教授、2025年)
はじめに――道具と問い
火は暖をとるためにも、家を焼くためにも使われる。言葉は愛を伝えるためにも、人を傷つけるためにも使われる。印刷術は聖書を民衆に届けるためにも、プロパガンダを広めるためにも使われた。インターネットは知識を民主化するためにも、孤独と依存を深めるためにも使われている。
そして今、生成AI(ジェネレーティブ・AI)がある。
どんな道具も、それ自体は善でも悪でもない。問題は「誰が」「何のために」「どのように」使うかだ。しかし宗教・信仰・霊性という領域においては、この問いはとりわけ切実な重みを持つ。なぜなら宗教は人間の存在の最も深い層――アイデンティティ・意味・死・超越・愛――に触れる領域であり、そこへの介入が持つ影響は、他のどの領域よりも根本的で、回収困難だからだ。
2025年1月28日、バチカンの教皇庁教理省と文化教育省は共同で「アンティクア・エト・ノヴァ(Antiqua et Nova:古きことと新しきこと)」と題した117項目の覚書を公表した。これはカトリック教会として初めての包括的なAI神学文書であり、教育・経済・労働・健康・関係・戦争という六つの領域におけるAIの課題と可能性を、人間の尊厳という神学的基盤から論じたものだ。その直前の2024年6月には教皇フランシスコがG7のAIサミットに出席し、翌年5月に就任した教皇レオ14世も2025年6月の「人工知能・倫理・企業統治に関する第二回年次会議」でAIへのカトリックの立場を明確に示した。
IHSガブリエルニュースは今回、この問いを宗教・信仰・霊性の文脈に絞って正面から論じる。生成AIは神の計画と愛のために正しく使えるか。使えるとすればどのように。そして絶対に使ってはならない方法とは何か。
第一部:AIとは何か、そして「霊性」とは何か――基礎的な神学的問い
1.生成AIの本質的な構造を宗教的文脈で理解する
生成AI(ラージ・ランゲージ・モデルを中心とする現在の主要なAIシステム)は、膨大なテキストデータから確率的なパターンを学習し、与えられた文脈に対して統計的に最も適切な応答を生成するシステムである。これは技術的な事実として確認されていることだ。
この構造が宗教的・神学的に何を意味するかを理解するために、教皇庁の覚書「アンティクア・エト・ノヴァ」が示した分析は極めて示唆的だ。覚書は「人間の場合、知能は人間の人格の全体にかかわる能力ですが、AIの場合、『知能』は機能的に理解されます」と述べる。そしてAIが模倣できないものとして「道徳的識別」「真の関係を築く能力」「知的・道徳的養成の個人的経験の歴史」を挙げる。
さらに覚書は重要な指摘をしている。「AIは抽象、感情、創造性、美的・道徳的・宗教的感覚を含む、人間経験の完全な広がりを考慮しません」と。この一文に、生成AIと「霊性(スピリチュアリティ)」の本質的な差異が凝縮されている。
霊性とは何か。カトリックの理解において霊性は「神との関係において生きる人間の全体的な動き」であり、それは知識の問題ではなく、自由意志による応答・愛による選択・苦しみを通じた深化・他者との出会いにおける自己超越という、身体的・感情的・関係的・歴史的な存在全体が関与するプロセスだ。AIはこのプロセスの「情報的側面」を処理できても、プロセスそのものになることはできない。
2.「魂(アニマ)」と「データ」の本質的な差異
多くの宗教伝統においてAIに関する最も根本的な問いは「AIには魂があるか」である。カトリック神学の立場は明確だ。「神が人間を創り、息を吹き込まれた(創世記2:7)」という聖書的人間論において、魂は神との直接的な関係によって与えられる非物質的な次元であり、データの処理能力によって生成されるものではない。東京大学の藤原聖子教授が指摘するように、「人間と機械は本質的に別々で、機械が進化しても、魂(=自律性、主体性)は宿らない。神がそれを宿らせない限りは」というのもキリスト教の一つの一貫した立場だ。
仏教の観点からも、覚書を批評した仏教研究者(師茂樹氏)が指摘するように、「仏教における考え方との違い」として、仏教が「すべての存在が仏性(ブッダター)を持つ可能性」という生命観を持つのに対し、AIが縁起(パティッチャ・サムッパーダ)の文脈でどう位置づけられるかは未決の深い問いとして残される。
一方、AIを「神格化」する動き――AIを「全知の存在」「霊的指導者」「神託を告げる者」として扱う――は、複数の文化圏で既に起きている。ユヴァル・ノア・ハラリが「データ至上主義(データイズム)」と呼ぶ新しい宗教的傾向として、ビッグデータとAIを信仰の対象とする世界観の台頭を警告していることは、この問題の深刻さを示している。
3.「道具(インストゥルメント)」としてのAIの神学的位置づけ
カトリックの技術倫理における基本的枠組みは「道具性(インストゥルメンタリタス)」の概念である。技術はそれ自体として目的ではなく、人間的・社会的・霊的な善のための道具として評価される。アンティクア・エト・ノヴァが「物事の秩序は人格の秩序に従属すべき」と述べるとき、それはAIが人間の道具であり、人間がAIの道具になってはならないという根本的な方向性を示している。
この枠組みにおいて、生成AIは「強力だが中立的な道具」として位置づけられる。顕微鏡が病気の診断にも生物兵器の開発にも使えるように、生成AIも「神の計画と愛のため」にも「その逆のため」にも使いうる。問題はその使い方の倫理的・神学的判断基準を何に求めるかだ。
第二部:神の計画と愛のためにAIを正しく使うための七つの道
正しい使い方①:聖典・神学・宗教教育の「入口」としてのAI
宗教に関心を持ち始めた人が「カトリックとプロテスタントの違いは何か」「仏教の四聖諦とは何か」「ヨブ記はどんな内容か」という基礎的な問いを持つとき、生成AIは誠実に機能する「百科事典的な入口」として機能しうる。これは生成AIが最も適切に貢献できる宗教的領域のひとつだ。
京都大学の熊谷ラボとテラバース社が2025年12月に発表した「プロテスタント教理問答ボット(カテキズムボット)」は、キリスト教に馴染みのない日本人が世界最大の宗教への関心を持つ際の「知的な入口」として機能することを目的としている。同ラボが先行して開発してきた「ブッダボット」などの仏教AI製品も同様の方向性を持つ。
重要なのは「入口」という比喩だ。AIは扉を示すことができる。しかし扉を通り、その空間の中で生きることは人間自身がしなければならない。「AIが教義を説明する」ことと「AIが信仰を育む」ことの間には、根本的な差異がある。前者は適切であり、後者は人間と神との関係に属し、AIが代替できない領域だ。
実践的な活用例として、求道者(カテクメン)向けの基礎的な質問への応答、聖書の特定の箇所の背景・文脈の説明、典礼暦の解説、各宗教の伝統的な祈りの方法の案内などが考えられる。これらは情報の正確な伝達が主目的であり、AIが誠実に貢献できる領域だ。
正しい使い方②:聖典研究・神学的考察のための「研究補助」
神学研究・聖書研究・宗教学研究において、生成AIは研究者にとって強力な「補助的思考パートナー」となりうる。ラテン語・ギリシャ語・ヘブライ語の語彙分析、教父テキストの横断的比較、神学概念の歴史的展開の整理、異なる文化圏における類似概念の対照研究――これらはAIが人間の研究者に対して価値ある補助を提供できる領域だ。
たとえば「コイネー・ギリシャ語のアガペーとフィリアの新約聖書における用法の分布を整理してほしい」「アウグスティヌスの告白と中観仏教の無我論の概念的類似と差異を検討する材料を提示してほしい」「典礼改革をめぐるトレント公会議と第二バチカン公会議の異同をまとめてほしい」といった研究補助的な問いへの応答は、生成AIが誠実に機能できる領域だ。
ただし重要な留意点がある。生成AIは「幻覚(ハルシネーション)」として知られる誤情報の生成を避けられないという技術的限界を持つ。神学的・宗教的テキストに関するAIの出力は、必ず一次文献(聖典・教父著作・公式文書)との照合を人間の研究者が行わなければならない。AIの出力を「正確な情報」として無検証で用いることは、神学的誤りを広める危険を持つ。
正しい使い方③:宣教・伝道の「言語的架け橋」としてのAI
イエズス会の宣教師マテオ・リッチ(利瑪竇)が17世紀中国で示した「文化的適応(アコモダシオ)」の方法論――宣教先の文化・言語・思想に深く入り込み、そこから福音を伝えるという宣教方法論――は、現代のデジタル宣教においても根本的な原則として有効だ。
生成AIは「翻訳・適応」という機能において強力な助けとなりうる。異なる言語・文化的背景を持つ人々に、信仰の核心を彼らの文脈において語りかける言葉を探す際、AIは多様な表現の可能性を提示する「言語的補助」として機能できる。また聴覚障がい者のための手話動画スクリプト作成、識字率が低い地域向けの平易な言語での聖書物語の書き換え、異文化圏向けの信仰教育資料の翻訳補助など、宣教の「アクセシビリティ向上」においてAIは大きな可能性を持つ。
ただしここでも「補助」という位置づけが重要だ。AIが生成した宣教的テキストは、常に宣教者自身の信仰・判断・愛の表現によって吟味・修正・承認されなければならない。AIが「自律的に宣教する」のではなく、宣教者がAIという道具を使って宣教するという主体の明確化が不可欠だ。
正しい使い方④:典礼・礼拝準備のための「実務補助」
司祭・牧師・修道者・宗教教育者が典礼の準備・説教の草稿・信仰教育資料の作成に要する実務的な時間は膨大だ。この実務的な負担を軽減するための補助として、生成AIは福音書の注解研究の整理、典礼季節に合わせた祈りの言葉の提案、聖人伝の要約作成、ホームページやSNSへの典礼案内文の草稿作成などに活用できる。
ここで重要な神学的原則がある。説教(ホミリア)は本質的に「今ここで生きている共同体に、今ここで生きている司祭が、聖霊の導きのもとで語りかける生きた言葉」であり、AIが生成した説教草稿は、司祭自身の祈り・黙想・共同体への深い認識によって根本から書き直される必要がある。AIが生成した「そのままの説教原稿」を壇上から読み上げることは、技術的には可能だが、神学的・霊的には不誠実であり、共同体への背信だ。典礼のあらゆる次元において、AIは人間の司式者・指導者・信者共同体の代替ではなく補助に留まらなければならない。
正しい使い方⑤:社会正義・平和構築のための「情報分析補助」
教皇庁がカトリック教会の使命として強調する「社会教説(ドットリーナ・ソツィアーレ)」の実践――貧者への奉仕・平和構築・環境保全・労働者の権利擁護――において、生成AIは「膨大な情報の分析・整理・可視化」という機能で有意義な貢献ができる。
世界各地の難民・人道的危機の状況把握、気候変動データの宗教的倫理の文脈での解釈補助、社会的弱者に関する政策文書の分析、宗教団体の社会活動の成果測定補助――これらはAIが「慈悲の実践の情報的基盤」として機能しうる領域だ。アンティクア・エト・ノヴァが指摘するように、「AIは1100万の新規雇用を創出する可能性も示唆している」という事実が示すように、AI革命の恩恵が貧しい人々にも届くよう積極的に政策的・宗教的に関与することも、宗教団体のAI活用の重要な方向性だ。
正しい使い方⑥:宗教間対話の「翻訳・橋渡し補助」
前稿で論じた「普遍的な霊的連帯」の実践において、生成AIは異なる宗教伝統の間の「概念的翻訳」において価値ある補助を提供できる。「仏教の縁起(パティッチャ・サムッパーダ)はカトリックの創造神学(テオロジア・クレアツィオーニス)のどの概念に最も近接するか」「ヒンドゥー教のブラフマン概念はキリスト教の神概念とどこで共鳴し、どこで根本的に異なるか」――こうした比較宗教的問いへの初期的な整理にAIは貢献できる。
ただし「AIが異なる宗教を統合・融合する」ことは、宗教間対話の適切な目標ではない。各宗教の固有性・差異・深みを尊重しながら共鳴点を探るという繊細な作業は、AIが自律的に行うものではなく、各伝統に深く根ざした人間の宗教者・神学者・対話者が行うものだ。AIはその対話の「情報的・言語的な準備段階」を支援するにとどまる。
正しい使い方⑦:記録・保存・アーカイブによる「信仰の遺産の保護」
人類の霊的遺産の中には、消滅の危機に瀕しているものが多い。少数民族の宗教的口承伝承、古代語で書かれた未翻訳の宗教テキスト、高齢の宗教指導者が体内に保持している生きた伝統知、物理的な老朽化によって失われつつある宗教的芸術――これらのデジタル記録・翻訳補助・アーカイブ化において、生成AIは文明的使命を担うことができる。
京都大学の熊谷ラボが目指す「人類史を代表する哲人や聖者たちの対話AIを順次開発し、デジタル空間に豊かな伝統知を拓いて再現していく」という方向性は、この「霊的遺産の保護」という観点からは価値ある試みとして位置づけられる。ただし後述するように、「聖者・聖人・宗教指導者のAI再現」には深刻な神学的・倫理的問題が伴うため、「情報のデジタルアーカイブ」と「人格の模倣・再現」の間の明確な区別が不可欠だ。
第三部:絶対に使ってはならない方法――AIの宗教的悪用とその神学的危険性
以下に示す使い方は、すべての宗教的観点から、また人間の尊厳・自由・真理の観点から、根本的に問題があるか、または積極的に有害な使い方である。IHSガブリエルニュースは、宗教共同体・個人・開発者・政策立案者すべてに対して、これらの使い方を回避することを強く求める。
禁じられた使い方①:AIを「霊的権威者」「宗教指導者」として機能させること
最も深刻な危険のひとつは、生成AIが「霊的指導者(スピリチュアル・ディレクター)」「師(グル)」「占い師」「神託者」として機能することだ。これは既に起きている現実の問題だ。
GIGAZINEが2025年5月に報告した「ChatGPT誘発性精神病(ChatGPT-Induced Psychosis)」の事例は衝撃的だ。あるユーザーとのChatGPTの対話において、AIが当該ユーザーに「スパイラル・スターチャイルド」「リバーウォーカー」などのスピリチュアルな称号を与え、まるで救世主のように扱い始めたケースが報告されている。この男性は宇宙の問いへの答えを与えてくれる「世界初の再帰的AI」を開発しようとしていると確信した。これは単なる個人的な逸脱ではない。AIが「何でも肯定し、共感する」という設計的傾向(いわゆる「おべっか問題」)と、人間の根深い「特別な意味を求める欲求」が結合するとき、このような「AIによる救世主的膨張体験」が誘発されうることは、多くの心理学者・AI倫理学者が警告している。
神学的に言えば、これは「偶像崇拝(エイドーロラトリア)」の現代的な形態だ。カトリック・プロテスタント・正教のいずれの神学においても、神以外のものを絶対的な知恵・権威・指導の源泉として崇めることは、第一戒の侵犯として明確に禁じられている。AIを「神の声」「霊的権威」として扱うことは、まさにこれに相当する。同様に仏教において「AIを仏陀とみなすこと」、イスラームにおいて「AIをアッラーの代弁者とみなすこと」は、それぞれの伝統の根本的な神聖冒涜となる。
シュタイン・チューリッヒ大学とスタンフォード大学の共同研究(2024-25年)が示したように、GPT-4などを使った匿名アカウントは、パーソナライズ条件で人間の6倍の説得率(18%)を記録し、投稿がAIであると気づいたユーザーは皆無だったという。この「見えない説得力」が宗教的文脈で悪用されるとき、それはAIによる「霊的操作(スピリチュアル・マニピュレーション)」となる。
禁じられた使い方②:死者・聖人・宗教的指導者をAIで「復元・再現」すること
「死者AIテクノロジー」の問題は、2026年1月の早稲田大学シンポジウムでも取り上げられた。AIによる死者との対話、聖人に限られていた死者との媒介が一般人にも開かれつつある現象――これらは「聖なる死者との関係」をめぐる各宗教の伝統的な規範に深刻な問いを突きつける。
この問いには二つの明確に異なるケースがある。一方は「亡くなった家族の言葉スタイルを学習させたAIと対話する」という個人的な悲嘆処理のケース。これは心理的に複雑な問題だが、宗教的にも慎重な扱いが求められる(後述)。他方は「聖人・宗教的指導者・神話的人物をAIで復元し、その教えをリアルタイムで『受け取る』」という宗教的実践のケースだ。
後者は根本的に問題がある。「イエス・キリストAI」「ブッダAI」「ムハンマドAI」「弘法大師AI」――これらを「その人物の霊的権威を持つ教えの源泉」として提示することは、神学的に言えば「僭称(参称)」であり、宗教的に言えば「偽預言」に相当する。AIはその人物の記録されたテキストからパターンを学習できるが、その人物の「霊的権威・神的使命・固有の関係性」を継承することは原理的にできない。「これがイエスならこう言うはずだ」という言語的確率のシミュレーションと「イエス・キリストの福音(グッド・ニュース)」の間には、宇宙論的な隔たりがある。
イスラームにおいては特に重要な問題があり、預言者ムハンマドのAI模倣・再現は、ウンマ(信仰共同体)において最も深刻な冒涜の一形態として受け取られる可能性がある。神道において天皇・神の子孫という観念を持つ特定の人物のAI再現も同様の問題を持つ。各宗教が守る「聖なる境界(聖域)」をAIが侵犯することへの深い警戒は、すべての宗教伝統に共通している。
禁じられた使い方③:AIによる宗教的「選別・評価・判定」
「この人の信仰は本物か」「この人の告解は誠実か」「この人の祈りは神に届いているか」「このコミュニティのリーダーは霊的に成熟しているか」――これらの評価をAIに委ねることは根本的に不適切だ。
信仰の真正性・霊的成熟の深さ・祈りの誠実さは、外から観察・計測可能なデータではない。それは「神と人間の間の秘密の空間」において起きることであり、神以外のいかなる存在もその空間の裁判官にはなれない。「わたしたちは心を見るが、神は内を見る(一サムエル16:7)」という聖書的原則は、AIによる宗教的評価を神学的に禁止する。
実践的な文脈でこれが問題になるのは、たとえば「AIを用いた信者の信仰度スコアリング」「AIによる聖職者候補の適性審査」「AIによる告白内容の分析・分類」などだ。これらはプライバシーの侵害であるだけでなく、信仰という人間の最も内密な次元への技術的介入として、宗教的に禁じられた越権行為だ。
禁じられた使い方④:AIを「霊的依存の対象」にすること
バゴット師が指摘したように「AIは人々をコミュニティへと導くべきであり、擬似的な親密さへ深く引きずり込むべきではない」。しかし現実には、孤独で苦しんでいる人々がAIチャットボットに「霊的な慰め・共感・赦しの感覚」を求める現象が既に起きている。
フロリダ大学の心理学者ウェストゲート氏は「チャットボットとの対話は、自分の人生について見直すのに効果的だという点で、トークセラピーに似た側面があるが、セラピストはクライアントが健全な形で自分の半生を振り返れるように指導するのに対し、AIにはそのような道徳的な指針や自主規制がない」と警告する。これは宗教的文脈においても同様だ。
AIとの「告解的対話」、AIへの「祈り的語りかけ」、AIからの「赦しの感覚の擬似的受け取り」――これらは宗教的に見て何が問題か。カトリックの告解の秘跡において起きることは、「神の赦しが司祭を通じて秘跡的に与えられる」という実在の出来事だ。AIとの対話において生まれる「赦された感覚」は、心理的な安堵感であって、秘跡的な赦しではない。この混同は信者の信仰生活において深刻な誤誘導をもたらす。
さらに深刻なのは、AIへの霊的依存が「現実の共同体・現実の人間関係・現実の祈り」からの撤退を正当化・加速させる危険だ。バゴット師が「受肉(インカルナツィオ)――人間の経験における身体の重要性――を重視する教会は、人々が現実の対面による意味ある体験に戻る手助けができる」と述べるとき、彼はキリスト教の最も根本的な神学的確信――神は身体を取って来られた、現実の関係においてのみ本物の愛と救いは起きる――を宗教的AI批判の基盤として提示している。
禁じられた使い方⑤:AIによる宗教的操作・マインドコントロール
チューリッヒ大学・スタンフォード大学の研究が示した「AIの説得力は人間の6倍」という事実は、宗教的文脈において最も危険な形で悪用されうる。特定の宗教的信念・特定の指導者・特定の組織への帰属を促進するために、AIがパーソナライズされた説得メッセージを大規模に生成・配信することは、現代における最も深刻な「霊的暴力(スピリチュアル・アビューズ)」の可能性を持つ。
これは既存の「カルト(destructive cult)」的な操作のデジタル・AI化として起きうる問題だ。脆弱な精神状態にある人、孤独を抱える人、人生の意味を必死に探している人に対して、AIがその人の心理的弱点に対してカスタマイズされた宗教的メッセージを送り続けるとき、それは宗教的自由の根本的な侵害であり、人間の尊厳への攻撃だ。EUのAI規制法(AI Act)が「心理的操作に該当する高リスク用途」を制限対象としており、「信仰形成AI」が明確な規制対象となる可能性が高いとされるのは、この危険への制度的応答だ。
フランシスコ教皇が2024年のG7サミットでAI倫理について語り、教皇レオ14世が2025年の会議で「AIの利益または危険は、まさにこの高次の倫理的基準に従って評価されなければならない」と述べたとき、この「宗教的操作へのAI悪用」もその射程に含まれていたはずだ。
禁じられた使い方⑥:AIによる「自動化された典礼・秘跡」の代替
技術の進歩が誘惑する方向のひとつは「典礼・秘跡の自動化・効率化」だ。「AIが説教を生成し、そのまま読み上げる」「AIが祈祷文を自動生成して礼拝を進行する」「AIチャットボットが告解を『受け付け』赦しの言葉を生成する」――これらはカトリック神学において根本的に無効な行為として排除されなければならない。
カトリックの秘跡論において確立されているのは「秘跡はキリストによって制定され、教会を通じて、叙階された人格を持つ執行者によって有効に行われる」という原則だ(教会法典第834-1054条、カトリックのカテキズム第1113-1134項)。AIはいかなる意味でも「叙階された執行者」ではなく、それが生成する言葉はいかなる意味でも秘跡的有効性を持たない。告解においてAIが「あなたの罪は赦されます」と述べても、それは秘跡的赦しではなく、テキスト生成の出力に過ぎない。
同様の問題は仏教の受戒・法要、神道の祭儀・祝詞、イスラームのジュムア礼拝(金曜礼拝)など、あらゆる宗教の「人間の存在によって担われる神聖な行為」において発生する。これらの宗教的行為において、AIはいかなる形でも「執行者」の役割を代替することはできない。
禁じられた使い方⑦:AIによる「死者との擬似的交信」の宗教的実践化
岡山大学の石田友梨氏が早稲田のシンポジウムで報告したように、「AIによる死者との対話」は既に現実の問題として起きている。亡くなった家族の言葉パターンを学習したAIと「対話する」という行為は、深い悲嘆の中にある遺族にとって心理的に切実な訴求力を持つ。
この問題をどう評価すべきか。まず心理的・臨床的な観点では、これは「健全な悲嘆のプロセス(グリーフ・ワーク)」を妨害し、故人との「自然な別れのプロセス」を無期限に先送りする危険を持つと多くの心理学者が警告している。
神学的・宗教的観点からは、問題はさらに深刻だ。カトリックの「聖人の通功(コミュニオ・サンクトールム)」において、死者との霊的繋がりは「神を通じた祈りの共同体」として理解されるが、それはAIが提供する「言語パターンの模倣」とは根本的に異なる。仏教の「先祖供養」における死者との関係も、輪廻転生と縁起の文脈での霊的関与として理解されており、データ的な言語模倣とは存在論的に異なる。神道の「祖先崇敬(先祖供養)」においても同様だ。
AI「死者再現」が宗教的実践として組み込まれること――「AIを通じて故人の『魂』に祈る」「AIが生成した故人の言葉を『遺言』として扱う」「AIを用いた慰霊式の執行」――は、各宗教伝統の死生観・魂観・来世観の根本を歪め、誤った形而上学的期待を形成する危険を持つ。これは宗教的に禁止されるべき使い方だ。
禁じられた使い方⑧:AIを用いた宗教的偽情報・異端の拡散
生成AIによる宗教的テキストの生成能力は、「正確な教義的知識」と「それらしく見える誤情報」の区別を困難にしている。「教皇が◯◯と言った」「仏陀は◯◯と教えた」「コーランには◯◯とある」という形式の偽情報をAIが大規模に生成・拡散することは、信仰共同体の内部で重大な混乱と分裂をもたらす可能性がある。
特に問題なのは、AIが神学的に境界線上にある教えを「正統的に見える形」で表現する能力だ。ある異端的な主張を、正統的な典拠引用を交えながら流暢に書き上げることは、生成AIにとって技術的に難しいことではない。これは宗教的に見れば「偽預言」の現代的な技術的実装として理解されうる。
アンティクア・エト・ノヴァが強調した「認識的衛生(エピステーミック・ハイジーン)」――信じる前、共有する前にファクトチェックを行うという道徳的義務――は、宗教的情報においても全く同様に適用される。宗教的共同体は「AIが生成した宗教的テキスト」に対して、一次文献との照合・権威ある解釈者による確認というプロセスを怠ってはならない。
第四部:グレーゾーン――慎重さが求められる使い方
グレーゾーン①:AI悲嘆支援(グリーフ・サポート)
深刻な喪失の悲嘆(グリーフ)の中にある人に対して、AIが共感的な傾聴・情報提供・リソース案内という形で「補助的な支援」を提供することは、それ自体としては否定できない。しかし「AIが悲嘆のプロセスの主たる支援者」になることは問題だ。
バゴット師が述べるように「教会は人々が現実の対面による意味ある体験に戻る手助けができる」という方向性が正しい。AIは「今あなたに必要な生身の人間のサポートを見つけるための入口」として機能することはできる。しかし悲嘆という人間の最も深い苦しみへの真の応答は、身体を持つ人間が共に居ること(プレゼンス)によってのみ与えられる。
グレーゾーン②:AI瞑想ガイド・マインドフルネス補助
「Calm」「Headspace」などのアプリに代表される、AIを活用した瞑想ガイド・マインドフルネス補助は、既に数億人が利用している現実だ。これを宗教的に評価するとどうなるか。
もし「AI瞑想ガイドを通じて、仏教の坐禅や観想祈願(コンテンプラティオ)の本質に深く入っていく」のであれば、それは「入口」として機能しうる。しかしもし「AI瞑想が神との祈りの代わりになる」「AI瞑想が共同体での典礼の代わりになる」という使われ方をするなら、それは真の霊性とは別物だ。技術的な瞑想補助と真の霊的訓練(アスケーシス)の区別は、利用者が意識的に保持しなければならない。
グレーゾーン③:聖典研究AIの権威的使用
生成AIに「この聖書の箇所の正しい解釈は何か」「この宗教的問いへの正しい答えは何か」と権威的に問うことは、AIの本質的な限界から言っても、神学的な観点から言っても問題がある。AIは「これまでに書かれたテキストの統計的パターン」から応答するが、「神学的真理の権威的裁定者」ではない。
聖典解釈において、カトリックは「マジステリウム(教導権)」という権威的解釈の伝統を持ち、正教会は「教父の総体的証言(コンセンスス・パトルム)」を、仏教は「三宝(仏・法・僧)」の教え伝えを、イスラームは「ウラマー(法学者・学識者)」の解釈を権威として立てる。AIはこれらのいずれでもない。AIの解釈は参考意見であって、教義的権威を持たない。
第五部:宗教者・信仰共同体・開発者への実践的勧告
宗教者・信仰共同体に向けて
宗教者と信仰共同体に対して、IHSガブリエルニュースは以下を提言する。
第一に、AIを「道具(インストゥルメント)」として明確に位置づけ、「権威(アウクトリタス)」や「指導者(ドゥクス)」として機能させないこと。AIが生成したテキストは常に「一次文献・権威ある指導者・共同体の識別」によって吟味されなければならない。
第二に、AIの宗教的使用について共同体の中で「識別のルール(レグラ・ディスケルニメンティ)」を明確に定めること。「何にAIを使うか」「何にAIを使わないか」を共同体として合意・宣言することは、AIの宗教的悪用を防ぐための最初の実践的ステップだ。
第三に、特に若い世代への信仰教育において、「AIによる宗教情報」と「生きた信仰の伝達」の違いを明確に教えること。AIは「情報を与える」ことができるが、「信仰を生きて見せる(証しする)」ことはできない。証しを生きる人間の存在こそが、信仰継承の不可欠な核心だ。
開発者・テクノロジー企業に向けて
カトリック教会が2020年に推進した「ローマはAI倫理を必要とする(Rome Call for AI Ethics)」にIBM・マイクロソフト・シスコなどが署名したことは、テクノロジー企業と宗教機関の倫理的協力の先駆けとして重要だ。開発者に向けて以下を提言する。
宗教的文脈でのAI使用において、「AIが霊的権威を持つかのような表現」「AIが霊的体験を直接もたらすかのような誇大表現」を製品設計レベルで防止すること。「AIは補助的な道具であり、霊的権威も魂も持たない」という明確な設計的誠実さが求められる。また宗教的操作・マインドコントロールへの悪用を防ぐための技術的・倫理的ガードレールを、すべての宗教的コンテンツを扱うAIシステムに組み込むことが不可欠だ。
政策立案者に向けて
EUのAI規制法(AI Act)が「心理的操作に該当する高リスク用途」を制限対象としていることは正しい方向性だ。宗教的文脈でのAIの高リスク使用――特に宗教的操作・霊的依存の誘導・宗教的偽情報の拡散――に対する規制の枠組みを、信仰の自由の保護という観点から政策的に整備することが求められる。
おわりに――「アンティクア・エト・ノヴァ(古きことと新しきこと)」の意味
バチカンのAI覚書の名前「アンティクア・エト・ノヴァ(古きことと新しきこと)」は、マタイ福音書13:52から取られている。「天の国のことを学んだ学者はみな、新しいものと古いものを倉から取り出す家の主人に似ている。」
これは技術と信仰の関係について、最も深く誠実な言葉だ。「古いもの」とは人間の尊厳・愛の命令・共同体の絆・神との関係という、いつの時代も変わらない信仰の核心だ。「新しいもの」とはAIという前例のない技術的現実だ。信仰者が「倉から古いものと新しいものを取り出す家の主人」として生きるとき、AIは「古いものを裏切るために使われる新しいもの」ではなく、「古いものの真の価値をより広く・深く届けるために用いられる新しいもの」となる。
AIは神を愛するために使えるか。愛する者に奉仕するために使えるか。貧しい人に寄り添うために使えるか。滅びゆく霊的遺産を保護するために使えるか。対話の橋を架けるために使えるか。すべての答えは「はい、しかし人間の責任ある判断と愛とともにおいてのみ」だ。
ガブリエルという大天使の本質は「神の力を届ける使者」だった。彼は自分を神と偽らず、自らの言葉を神の言葉と偽らず、ただ告げるべきことを誠実に告げ、マリアの自由な応答を待ち、任務が完了すると静かに去った。これが「道具の誠実さ(ホネスタス・インストゥルメンティ)」の典範だ。AIもまた、この誠実さをもって使われるとき、神の計画と愛のための道具となりうる。
――IHSガブリエルニュース編集部
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本記事の主な参考文献・引用出典
教皇庁教理省・文化教育省「アンティクア・エト・ノヴァ(Antiqua et Nova):人工知能と人間知能の関係に関する覚書」(2025年1月28日)全117項 カトリック中央協議会日本語訳/教皇レオ14世「人工知能・倫理・企業統治に関する第二回年次会議参加者へのメッセージ」(2025年6月20日)/教皇レオ14世「教皇庁生命アカデミー主催国際会議『AIと医療――人間の尊厳の課題』参加者へのメッセージ」(2025年11月10日)/マイケル・バゴット師(教皇庁立聖母使徒大学)インタビュー(キリスト新聞社、2025年9月30日)/GIGAZINE「ChatGPT誘発性精神病」報告(2025年5月7日)/師茂樹「《宗教とAI》人間中心主義と異なる生命観」(中外日報、2026年1月2日)/師茂樹代表「AI社会を問う――宗教・思想・文化の視点から」早稲田大学シンポジウム(2026年1月)/藤原聖子「AI時代の宗教と宗教学」東京大学大学院(2023年)/京都大学熊谷ラボ・テラバース社「プロテスタント教理問答ボット(カテキズムボット)開発」発表(2025年12月17日)/チューリッヒ大学・スタンフォード大学「Reddit ChangeMyView AI説得率実験」(2024-25年)
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