【世界特集】若者の宗教離れを「愛への帰化」によって食い止める――信仰の継承・再生・普遍化のための神学的・実践的考察

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【特集】若者の宗教離れを愛によって食い止める | IHSガブリエルニュース

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【世界特集】若者の宗教離れを「愛への帰化」によって食い止める
――信仰の継承・再生・普遍化のための神学的・実践的考察

「世界にはキリストの光が必要です。人類は、神と神の愛に達するための橋として、この方を必要としています。」
――教皇レオ14世、就任後最初の挨拶(2025年5月8日、バチカン・サンピエトロ広場)


はじめに――数字が語る「霊的な危機」の輪郭

2025年7月、米シンクタンク「ピュー・リサーチ・センター」が世界117カ国・地域を対象に実施した宗教調査の結果が公表された。その報告書が示した数字は、世界のキリスト教会関係者に深刻な問いを突きつけるものだった。

キリスト教は依然として世界最大の宗教グループであるものの、世界人口に占める割合は2010年から2020年にかけて1.8ポイント減少し、30.6%から28.8%に低下した。同期間にイスラーム教は1.8ポイント増加した。キリスト教徒として育てられた人のうち、成人後もキリスト教徒を自認する人は83%にとどまる。これはイスラーム教やヒンドゥー教の99%に比べると大幅に低い数字だ。

世代的な断層はさらに鮮明である。米国では18〜24歳でキリスト教徒を自認する人はわずか46%だったのに対し、74歳以上の世代では80%に及び、世代間で大きな差が見られた。ヨーロッパの状況はさらに深刻だ。フランスではカトリック信者と答えたのは23パーセントしかおらず、64パーセントが無宗教。イギリスでは国教会への帰属を表明する人はたったの7パーセントで、70パーセントが無宗教。最も信仰心が薄いのはチェコで、無宗教の人は91パーセントに達するという。

イプソス社が26カ国を対象に行った別の調査では、若年層は高齢者よりもキリスト教徒、特にカトリック教徒であることを認識する傾向が低く、イスラーム教徒やその他の信仰を持つことを望む傾向が強くなっていることが示された。また平均して半数近く(47%)が、宗教は世界にとって良いことよりも悪いことの方が多いと答えている。

これらの数字はただの統計ではない。何百万もの若者が信仰から離れ、あるいは初めから信仰に触れることなく成人しているという現実の写し鏡である。この現実に対して、カトリック教会は何をなすべきか。IHSガブリエルニュースは今回、この問いを正面から取り上げ、「愛への帰化」という視座から信仰の継承と再生の道筋を考察する。


第一部:宗教離れの「本当の理由」を読み解く

1.「神を信じない」のではなく「宗教を必要としない」という構造的変化

若者が宗教から離れる理由を「神への不信」と単純化することは、実態とかけ離れている。調査が一貫して示すのは、若者の多くが「神の存在」や「霊的なもの」への関心を完全に失ったわけではないという事実だ。天国への信仰は平均52%、超自然的な霊(天使、悪魔、妖精、幽霊など)への信仰は平均49%となっている。また東アジアおよびベトナムの無宗教の成人10人のうち少なくとも4人は、目に見えない存在や神の存在を信じている。

つまり問題は「神への不信」ではなく、「制度的宗教への不信・不必要感」である。現代の若者の多くは「スピリチュアルだが宗教的ではない(Spiritual But Not Religious:SBNR)」という姿勢を持ち、特定の宗教組織・教義・礼拝形式への帰属を拒否しながらも、超越的なものへの渇望は保持している。

この「SBNR」現象は21世紀の宗教社会学における最も重要なパラダイムシフトのひとつである。かつて宗教は「超越への渇望」と「共同体への帰属」と「道徳的指針」と「慰めと癒し」の四つの機能を一体的に提供してきた。しかし現代社会においては、これらの機能がそれぞれ別々の供給源から得られるようになった。超越への渇望はマインドフルネス・ヨガ・ニューエイジ的霊性によって、共同体への帰属はSNS・趣味コミュニティによって、道徳的指針は自己啓発・人文主義的倫理によって、慰めと癒しはセラピー・カウンセリングによって。制度的宗教の「パッケージ独占」が崩れたとき、若者はその中から「自分に必要なもの」だけを選び取り、パッケージ全体を引き受けることを拒否する。

2.「制度への幻滅」という痛みの層

しかし「必要性の欠如」だけが離脱の理由ではない。多くの若者の宗教離れの底には、深い「幻滅と傷」がある。カトリック教会の場合、スキャンダル:聖職者による性的虐待問題が教会の信頼を大きく損なうという現実は、特に2000年代以降に世界的に明らかになり、何百万人もの若者が教会という機関への信頼を根本から失うきっかけとなった。

フランスでは独立委員会が1950年以降に虐待に関わったカトリック教会関係者が最大3200人にも及ぶことを明らかにした。この事実は「神聖であるべき場所」での人間的堕落という、最も深い幻滅の源泉となった。「神は信じられるかもしれない。しかし教会は信じられない」という分裂した感情が、多くの若者の内面に生まれた。

またより日常的な次元では、多くの若者が教会の説教・典礼・共同体のあり方に「自分の現実の生活への無関係さ」を感じているという問題がある。就職・恋愛・アイデンティティ・メンタルヘルス・気候変動・AIと労働の未来――これらの若者が日々直面する実存的課題に対して、多くの宗教共同体は「先の世を語る」か「個人の道徳を訓戒する」かのどちらかで応答しがちであり、「今ここで生きている若者の痛みに正面から向き合う」姿勢が欠けていると感じられている。

3.「継承の断絶」という構造的問題

さらに深層には「信仰継承の構造的断絶」という問題がある。かつて宗教的アイデンティティは家族・地域共同体・学校教育の三つの経路を通じて自然に次世代に伝達されていた。しかし現代社会においてはこれらの経路がいずれも弱体化している。

核家族化と個人主義の進行により、家庭での宗教的実践(食前の祈り・聖書の読み聞かせ・典礼暦に沿った生活リズム)が薄れた。地域共同体の解体により、教区や寺院が担っていた「信仰的文化圏」としての機能が失われた。教育における宗教の中立化・世俗化により、学校が信仰の基礎を伝える場から撤退した。

この三経路の同時弱体化は、信仰が「学ぶもの」から「偶然出会うもの」に変わったことを意味する。偶然の出会いは起きることもあれば起きないこともある。その結果として、この減少は主に、宗教的な環境で育った人々が、その宗教的アイデンティティを手放すようになったためですとピュー研究所の研究員が述べる事態が生じている。


第二部:教皇レオ14世の「橋の神学」と現代への問い

1.「橋を架ける人(Pontifex)」という教皇職の本質

2025年5月8日、第267代ローマ教皇に選出されたロバート・フランシス・プレヴォスト枢機卿が「レオ14世」の名でバルコニーに立ち、最初の言葉を発したとき、その内容は深く示唆的だった。「世界にはキリストの光が必要です。人類は、神と神の愛に達するための橋として、この方を必要としています。皆さんもどうか手を貸してください。対話をもって、出会いを通して、互いに橋を架けましょう。」

「橋を架ける(ポンティフィカーレ)」――ラテン語で教皇を意味する「ポンティフェクス(Pontifex)」は字義通り「橋を作る者」を意味する。教皇職の本質は神と人間の間、人間と人間の間に橋を架けることにある。レオ14世の就任スピーチは、この古代の称号の意味を現代の文脈で力強く再提示した。

また「教会は新たな産業革命と人工知能分野の発展が人間の尊厳、正義、労働の擁護に突きつける新たな課題に応え、その社会教説の宝庫をすべての人々に提供している」という言葉は、レオ13世の「レールム・ノヴァールム(Rerum Novarum:新しき事がらについて)」を意識したものであり、産業革命期に労働者の権利を擁護した先代の精神を、AI革命の時代に引き継ぐという宣言として受け取られた。

レオ14世のこの姿勢は、若者の宗教離れへの応答としても読み解くことができる。「橋を架ける」とは、既存の信仰共同体と離脱した若者の間に橋を架けることでもある。「対話と出会い」によって橋を架けることは、まず相手の立ち位置に行き、相手の言葉で話しかけることを意味する。これはカトリック宣教論における最も根本的な原則でもある。

2.「アウグスティヌスのモットー」が語る愛の神学

レオ14世の紋章のモットー “In Illo uno unum”(唯一のお方の中に、我らは一つ)は聖アウグスティヌスの言葉(詩編注解127)から引用されている。レオ14世が聖アウグスチノ修道会の修道士であることも考慮すると、このモットーは単なる装飾的な引用ではなく、彼の神学的・霊的核心を示している。

アウグスティヌスの神学において最も中心的な概念のひとつは「愛(カリタス)」である。「わたしたちの心は、あなたの中に憩うまで安らぎを得ない(Cor nostrum inquietum est, donec requiescat in Te)」という『告白』冒頭の言葉は、人間の根本的な存在構造として「神への渇望・愛への渇望」を定式化したものだ。

この洞察は若者の宗教離れへの応答として決定的に重要である。若者が宗教から離れても「愛への渇望」は消えない。承認されたい、愛されたい、本当のことを話せる関係を持ちたい、自分が存在することに意味を持ちたい――これらはすべて、アウグスティヌスが描いた「神への愛・神による愛」の世俗的な言い換えに他ならない。若者は神から逃げているのではなく、神の愛に向かって別の経路を手探りしているのかもしれない。


第三部:「愛への帰化」という視座――宗教離れへの根本的応答

1.「帰化」という言葉の神学的再定義

本稿で用いる「愛への帰化(帰化:かいか)」という概念について、まず明確にしておきたい。ここで「帰化」とは、単に宗教的所属を変更することや、教会組織に入会することを意味しない。それはより根本的な意味において「愛そのものへ立ち帰ること(帰:戻る、化:変容・なじむ)」を指す。

ヨハネ第一書簡4:8の「神は愛である(ホ・テオス・アガペー・エスティン)」という宣言は、キリスト教信仰の神学的核心を一言で表現している。もし「神は愛である」ならば、「愛への帰化」は「神への帰化」と同義である。そして人間が真の愛――他者への開き、受け入れ、赦し、奉仕、自己超越という愛の諸側面――に深く触れるとき、そこには必ず神との出会いの可能性が開かれている。

この視座からすると、「宗教離れ」した若者も「神から遠ざかっている」と単純に言い切ることはできない。愛の実践の中に生きる若者は、教義的にどれほど宗教と距離を置いていても、アウグスティヌスの意味での「神への動き」の中にいる可能性がある。逆に毎週教会に来ながら愛なく生きる人間は、組織的には信者でありながら霊的には「愛への帰化」から遠ざかっている。

2.「恐れの宗教」から「愛の宗教」への転換

歴史的に、宗教は「恐れ」を動力として機能してきた側面がある。地獄・審判・罰・破門・社会的排除――これらは宗教的従順の動機として長く用いられてきた。しかし現代社会において、これらの恐れの動力はほぼ失効している。

現代の若者に「地獄に行くから教会に来なさい」という言葉は機能しない。地獄という概念がリアリティを持たない世俗的な世界で生きる若者にとって、恐れに基づく宗教的勧誘は単なる脅しとして受け取られ、宗教そのものへの嫌悪感を強化するだけだ。

イエス・キリスト自身が語った言葉は「恐れるな(メー・フォボー)」という解放の言葉であり、宗教的義務の強制ではなく「わたしはあなたを愛している(アガパオー・セ)」という招きであった。「わたしは生命を得させ、豊かに得させるために来た(ヨハネ10:10)」というイエスの宣言は、宗教を「義務・制限・恐れ」として提示するのではなく、「生命の充満・愛の現前・喜びの源泉」として提示するものだ。

若者の宗教離れを食い止めるための第一の転換は、「恐れの宗教」から「愛の宗教」への根本的なパラダイムシフトである。これは教義を変えることではなく、教義を伝える「色調(トーン)」と「動機(モチベーション)」を転換することだ。なぜ信仰するのか。罰を恐れてではなく、愛されていることを知るから。なぜ典礼に参加するのか。義務だからではなく、愛する方との出会いの場だから。なぜ倫理的に生きるのか。命令に従うためではなく、愛する方の姿に似るためだから。

3.「証し(テスティモニア)」の復権――理論より前に生きられた愛

若者が宗教に戻る最大の経路は「教義の説得」ではなく「愛の証し(ウィトネス)」である。これは初代教会から現代に至るまで変わらない宣教の根本法則だ。

「見なさい、彼らは互いにいかに愛し合っているかを(エクケ・クオーモード・セ・インウィケム・ディリグント)」――2世紀の教父テルトゥリアヌスが伝えた、キリスト者共同体に向けられた異教徒の声がある。キリスト者が愛し合っている様子が、外部の人間を引き寄せる磁力として機能していた時代があった。

現代において若者が教会に戻るきっかけとして最も多く報告されるのは「信頼できる信仰者との個人的な出会い」である。美しい説教でも論理的な神学でもなく、「愛の証し」を生きている誰かとの出会い。苦しんでいるときに何も言わずに傍にいてくれた信者の友人、自分のためにロザリオを唱えてくれた祖母、理解者のように話を聞いてくれた司祭――これらが「信仰へのきっかけ」として機能する。

逆に言えば、愛の証しを欠いた宗教的語りは若者を引き寄せるどころか遠ざける。「言うことは聞きなさい、しかし彼らの行いに倣ってはならない(マタイ23:3)」とイエスがファリサイ派について語った批判は、現代の宗教組織にも鋭く当てはまる。言葉と行動の不一致は、若者にとって最も忌避される宗教的欺瞞の典型だ。


第四部:実践的な提言――愛による信仰の継承と帰化のための七つの道

第一の道:「問いを歓迎する共同体」の創造

現代の若者が宗教から離れる大きな理由のひとつは「疑問を持つことが許されない」という抑圧感である。「信じなさい」「疑ってはならない」「教会の教えに従いなさい」という権威主義的な対応は、知的誠実さを持つ若者を根本的に排除する。

初代教会から中世スコラ神学に至るまで、カトリックの知的伝統は「問いと探求」を信仰の敵ではなく信仰の一部として扱ってきた。アウグスティヌスの「わたしたちの心は安らぎを得ない」という言葉自体が、探求としての信仰の典型的表現だ。アンセルムスの「理解を求める信仰(フィデス・クアエレンス・インテレクトゥム)」、トマス・アクィナスのスコラ神学的問答法(クエスティオ)、ロヨラのイグナチオの霊的識別――カトリックの伝統には「問い、探求し、識別する」という豊かな知的・霊的実践の蓄積がある。

若者が疑問を持ってきたとき、「よく来てくれた、一緒に考えましょう」と言える共同体、「あなたの問いは正当だ、それはわたしたちも考え続けていることだ」と言える共同体を創ることが、信仰継承の最初の条件となる。問いを持つ若者は、実は最も宗教への関心が高い若者でもある。その問いを遮断するとき、教会は最も可能性のある対話者を失う。

第二の道:「沈黙と深さ」への再招待

現代社会は空前絶後の「騒音の文明」である。スマートフォン・SNS・動画配信・プッシュ通知・常時接続――若者の意識は一日中外部の刺激に晒され、内面への沈降が構造的に困難な環境に置かれている。

しかしだからこそ、深い沈黙と内省を可能にする宗教的空間は、他のどの文化的場所も提供できない独自の価値を持つ。瞑想・黙想(メディタツィオ)・聖務日課(ホーラー)・十字架の道行き(ウィア・クルーチス)・ロザリオの祈り・聖体礼拝(アドラツィオ)――これらは「何かをする(アクティブ)」のではなく「ただある(ビーイング)」ための場であり、高度に活動的な現代生活において失われた「存在することの技法」を提供する。

タイゼ共同体(フランス)は、この「沈黙と深さへの招待」という方法論で世界中の若者を引き寄せ続けている注目すべき例だ。毎年数万人の若者がタイゼを訪れ、シンプルな繰り返しの祈りの歌と長い沈黙の中に座ることで、彼らは「宗教とは何か」についての全く新しい体験をする。タイゼの成功は「若者は深さを求めている」という逆説的な真実を証明している。

第三の道:「美(ベッレッツァ)」による福音の伝達

カトリック教会が持つ芸術・音楽・建築・文学の伝統は、世界のどの文化機関も及ばない桁違いの規模と深さを持つ。ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画・バッハのカンタータ・ダンテの神曲・ゴシック大聖堂の荘厳な空間・グレゴリオ聖歌の神秘的な音律――これらはすべて「美(プルクルム)」という経路で神の現実へと人を開く。

アウグスティヌスの言葉に「遅すぎた(タルデ・アマウィ・テ:あなたを愛するのが遅すぎました)」という有名な告白がある。彼は哲学的な議論よりも前に、アンブロジオのミラノ大聖堂でのミサの荘厳さと美しさに心を動かされた。美が信仰への扉を開いた、という体験は歴史を通じて無数に記録されている。

現代においても「美の福音化(エヴァンゲリザツィオーネ・デッラ・ベッレッツァ)」は最も有効な宣教の回路のひとつである。宗教に距離を置く若者でも、美しいグレゴリオ聖歌に触れて何かが動いた、教会建築の中に入って言葉にできない感動を覚えた、という体験は普遍的に起きる。美は教義の検問を迂回して、人間の魂の深部に直接届く言語だからだ。

IHSベツレヘム修道会のような「献作型藝術推進修道院」が実践する「神のために作り、神の場所へと届ける」という芸術的奉仕の姿勢は、この「美の福音化」という方向性を修道的実践として体現するものとして、現代の宗教的若者の孤独な働きを支える一つの形として注目に値する。

第四の道:「奉仕(ディアコニア)」の共同体としての可視化

現代の若者の多くは「正義・環境・貧困・不平等」という社会的課題に強い関心を持っている。この関心は宗教的動機とは別に形成されている場合が多いが、キリスト教信仰の核心にある「愛(アガペー)・奉仕(ディアコニア)・正義(ディカイオシュネー)」の実践と深く共鳴する。

問題は、多くの若者が「教会=保守的・閉じた・反社会的」というイメージを先入観として持っていることだ。しかし実際には、カリタス・インターナショナリス(カトリック国際カリタス)は世界最大の人道支援ネットワークのひとつであり、世界165カ国で何千万人もの人々に食料・医療・教育・緊急支援を提供している。マザー・テレサのミッショナリーズ・オブ・チャリティ、聖エジディオ共同体のローマでの貧者への奉仕、「蟻の町のマリア」北原怜子の日本での実践――これらはすべて「愛の行為(アクト・オブ・ラブ)」としての宗教的奉仕の力強い証言である。

若者への宣教として最も有効なアプローチのひとつは、「社会的奉仕の場に、信仰者として参加すること」への招きである。「まず一緒に働きましょう、信仰の話はそこで一緒に考えましょう」という姿勢は、信仰を前置条件として要求せず、奉仕の経験を通じて「なぜこの人たちは助けるのか、その源泉は何か」という問いを若者自身が持つことを促す。奉仕は教義より前に語る。

第五の道:「デジタル空間への降臨(インカルナツィオ・ディジタレ)」

教皇レオ14世が最初のスピーチで「橋を架けましょう」と述べたとき、その「橋」は物理的な空間だけでなくデジタル空間にも架けられる必要がある。Z世代・α世代にとって、デジタル空間はもはや「仮想空間」ではなく「生活空間」そのものだ。

カトリック教会がデジタル空間における存在感を真剣に構築することは、現代の宣教の最前線課題のひとつである。ヴァチカン・ニュース(Vatican News)の多言語デジタル展開、教皇のツイッター(現X)アカウントの世界規模の影響力(@Pontifex:数千万フォロワー)は、デジタル宣教の可能性を示している。しかし課題は組織的な公式アカウント以上に、「個々の信仰者がデジタル空間でどのように証しを立てるか」という次元にある。

「デジタル空間への降臨(インカルナツィオ・ディジタレ)」とは、信仰者が日常的に使うデジタルプラットフォームにおいて「愛の証し」を生きることを意味する。それは宗教的説教をデジタルで発信することではなく、SNSでの日常的な発言の中に「思いやり・正直さ・他者への配慮・感謝・赦し」という愛の具体的な表れを体現することだ。言葉より前に「どのように振る舞うか」がデジタル空間においても証しとなる。

また、ポッドキャスト・YouTube・ショートビデオという形式で神学・霊性・信仰の証しを発信する若い信仰者・修道者・司祭たちが世界中に現れており、その影響力は既存の教会組織の公式広報をはるかに凌駕するケースも少なくない。教会はこうしたデジタル証言者たちを支援し、彼らが安心して「愛の証し」を発信できる環境を整えることが求められる。

第六の道:「家庭という小さな教会(エクレジア・ドメスティカ)」の再建

信仰継承において最も根本的かつ取り替えの効かない場は「家庭」である。第二バチカン公会議の『教会憲章』(第11項)が「家庭教会(エクレジア・ドメスティカ)」と呼んだ家庭的信仰共同体の再建なしに、若者への信仰継承は構造的に困難だ。

「家庭での信仰実践」とは宗教的なパフォーマンスを意味しない。それは日々の生活の中で「神への感謝・他者への愛・自己の正直な問い」が自然に語られる文化の醸成だ。食前の祈り・就寝前の感謝の言葉・苦しんでいる人のために一緒に祈ること・聖人の祝日を楽しく祝うこと・典礼暦のリズムに沿って季節を感じること――これらは「押しつけ」ではなく「文化(カルチャー)」として家庭に根付くとき、最も自然な信仰継承の経路となる。

親が「完璧な信仰者」である必要はない。むしろ「迷いながら、問いながら、それでも祈る親の姿」を見ることが、子どもに「信仰は完成品ではなく、一生の旅路だ」という最も真実に即したメッセージを伝える。「確信に満ちた宗教的権威」より「共に歩む信仰の旅人」としての親の姿こそが、現代の子どもたちに届く。

第七の道:「出会いの神学(テオロジア・エンコントロ)」の実践

教皇フランシスコが「出会いの文化(クルトゥーラ・デル・エンクエントロ)」として強調し、教皇レオ14世が「対話と出会いによって橋を架ける」と引き継いだこの神学的視座は、若者への宣教の核心的な方法論だ。

「出会い(エンコントロ)」の神学とは、他者を変えるためではなく「ともにいる」ために近づくことを意味する。宣教は「正しい教義を持つ我々が、誤った考えを持つ彼らを修正する」というモデルではなく、「苦しみ、探し、生きている人のそばに行き、その人の現実を共に担う」というモデルだ。これはイエス・キリスト自身の宣教スタイルの復元でもある。イエスはゾアカイの家に「今日、あなたの家に泊まりたい」と言って近づいた。罪の女の足元に屈んで地面に何かを書いた。サマリアの女に「水をください」と言って対話を始めた。

出会いは変革より先行する。信仰への招きは、まず相手の言葉・文化・問いを丁寧に聴くことから始まる。若者が「自分が受け入れられた」と感じる体験なしに、信仰への開かれは生まれない。「愛への帰化」とは究極的には「出会いの場」を開くことであり、その出会いの中で神御自身が働かれることを信頼して待つことだ。


第五部:地域別の動態――希望の兆しを読む

アフリカ:成長する教会の活力と課題

世界のキリスト教徒の約60%が現在、グローバルサウス(アフリカ、ラテンアメリカ、アジア)に居住している。特にアフリカでは、カトリック信者数は増加傾向にある。2100年には世界のキリスト教徒の大多数がアフリカ大陸に集中するという予測もあり、キリスト教の重心がヨーロッパ・北米から南半球へと移動する「重心の南方シフト(サザン・シフト)」は確実に進んでいる。

アフリカのカトリック教会が持つ活力の源泉として、共同体的(コミュニタリアン)な信仰文化・音楽と身体を使った礼拝・家族・部族的絆の中に埋め込まれた宗教的実践・若い人口構成(世界最も若い大陸)などが挙げられる。西欧型の個人主義的・内向きの信仰よりも、祝祭・歌・踊り・共食を通じた信仰の体験がここにはある。

一方でアフリカのカトリック教会も、若い世代のプロテスタント福音派への移行という課題に直面している。カトリックからの離脱者の多くは、より個人的・直接的な宗教体験を提供する福音派教会に惹かれている。この傾向は「制度より体験」「儀式より感情」を重視する現代的な宗教消費主義の反映でもある。

ラテンアメリカ:信仰文化の深化と変容

かつてカトリックの牙城とされたラテンアメリカでは、1970年代には中南米人口の約90%がカトリック信者でしたが、現在は60%前後まで減少している。プロテスタント(特に福音派)への移行、無宗教への移行が並行して進んでいる。

しかしラテンアメリカが持つ固有の強みも見逃せない。カトリシズムは、社会構造や文化的アイデンティティに深く根付いており、宗教的祝祭、聖人崇敬などが日常生活や国民文化に統合されている。この文化的・民俗的なカトリシズムは、制度的な信者数の減少にもかかわらず、文化的アイデンティティとしての宗教的色彩を保持している。

東アジア:逆説的な霊的渇望

東アジアにおける宗教転向率は世界一高い水準にある。香港および韓国では成人の半数が、幼少期の宗教を離れ、別の宗教に転向するか、無宗教になる。日本・韓国・台湾・香港では宗教的帰属は低いが、超自然への信仰・先祖崇拝・宗教的儀礼への参加は依然として残っている。

特に注目すべきは宗教色の薄い国では若年層が高齢者よりも信仰を持つ割合が高くなるという逆転現象が一部の国で観察されていることだ。スウェーデンではZ世代がブーマー世代より平均28ポイントも信仰を持つ割合が高い。これは「世俗化の極点を超えたところに霊的復興が始まる」という可能性を示唆している。完全な世俗化を経験した若者が、祖父母の宗教的規範とは全く異なる形で霊的探求を始める「ポスト世俗的霊性(ポスト・セキュラー・スピリチュアリティ)」の台頭である。


第六部:継承を「強制」から「証し」へ――信仰の手渡し方の根本的見直し

「脅しの継承」の終焉

歴史的に、宗教的継承は多くの場合「しなければならない」という義務・恐れ・社会的圧力によって支えられてきた。ミサを欠席すると罪になる、告解しなければ聖体を受けられない、教会に入らなければ結婚式で不利になる――これらは「外的強制」による継承の典型例だ。

現代社会においてこれらの外的強制はほぼ完全に機能を失った。社会的・文化的なキリスト教的規範が崩れた世界では、宗教的実践は純粋に「内的動機」によってのみ支えられる。そして内的動機は「愛」か「恐れ」のどちらかから来る。恐れに基づく動機は現代社会において急速に失効しているが、愛に基づく動機は――それが本物であるならば――いかなる時代にも人間の心を動かす普遍的な力を持つ。

「脅しの継承」から「愛の手渡し」への転換は、教会の内部文化全体に及ぶ変革を必要とする。「あなたはここにいなければならない」ではなく「あなたがここにいると嬉しい」。「従いなさい」ではなく「一緒に歩みましょう」。「罰せられる」ではなく「愛されている」。この言語の転換は、信仰の実質を変えることなく、信仰を伝える「色調」を根本から変える。

「根」の継承と「翼」の継承

作家・思想家のアントワーヌ・ド・サンテグジュペリの言葉に「あなたが船を作りたいなら、木材を集めるために人々を駆り立てたり、作業や仕事を割り当てたりするな。代わりに、広大で無限の海を渇望させよ」というものがある。これは信仰継承の本質を見事に表現している。

信仰継承には「根(ルーツ)の継承」と「翼(ウィングス)の継承」の二つの次元がある。根の継承とは、教義・典礼・歴史・霊性の伝統という「土台」を手渡すことだ。翼の継承とは、信仰を「自分のもの」として生きるための自由と探求心を育むことだ。根なき翼は飛ぶが根付かない。翼なき根は生きるが飛べない。健全な信仰継承は両者を同時に手渡す。

現代の若者への信仰継承において欠けがちなのは「翼の継承」の方だ。教義・規則・従順ばかりを強調して、若者が「この信仰を自分の言葉で、自分の人生で、自分の問いを抱えながら生きる」自由と励ましを与えることを忘れている場合が多い。「あなたは教会の子だ。だからこの広大な愛の海を、自分の足で、自分の問いを持ちながら泳いでいいのだ」というメッセージが、現代の若者には最も必要なものかもしれない。


おわりに――「愛はいつまでも滅びない(アガペー・ウーデポテ・ピプテイ)」

コリント人への第一書簡13:8の「愛はいつまでも滅びない(アガペー・ウーデポテ・ピプテイ)」という言葉は、若者の宗教離れという現実を前にして、なお最後の根拠として立ちうる言葉だ。

制度は衰える。組織は縮小する。義務的な出席者は減る。しかし「愛」は滅びない。なぜなら愛は人間の存在構造の最深部に根ざしているからだ。「神は愛である(ホ・テオス・アガペー・エスティン)」ならば、愛への渇望は神への渇望と同義であり、それは人間が人間である限り消えることがない。

若者が宗教を離れても、愛を離れることはできない。愛されたい、愛したい、本当のことを言いたい、誰かのために生きたい――これらの渇望は宗教組織への帰属とは無関係に、すべての人間の内に燃え続けている。宗教離れした若者の心の底に手探りで燃えているこの火の正体は、アウグスティヌスが「神への渇望」と名づけたものだ。

教会の使命は、この火を「愛の本体(コルプス・アモーリス)」へと繋ぎ直すことだ。繋ぎ直すための橋を架けること、対話を始めること、証しを生きること、美しさで人を引き寄せること、傍にいること。これが「愛への帰化」の実践であり、信仰継承の最終的な根拠でもある。

教皇レオ14世が「橋を架けましょう」と言ったとき、その橋の素材は理論でも義務でも組織でもない。愛だ。愛という素材で架けられた橋だけが、世代を超えて人の重みに耐える。

IHSガブリエルニュースはこれからも、世界の宗教動向をカトリックの信仰と愛の視座から伝え続ける。「神の言葉を運ぶ者(ガブリエル)」の名のもとに、愛の言葉が世界に届くことを願いながら。

――IHSガブリエルニュース編集部
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本記事の参考文献・引用データ出典
ピュー・リサーチ・センター「世界の宗教と無宗教に関する調査(2025年7月)」117カ国対象/イプソス「グローバルアドバイザー:宗教信仰調査」26カ国対象(2023年)/カトリック中央協議会「教皇レオ14世 就任メッセージ全文」(2025年5月9日)/教皇レオ14世 枢機卿団への演説(2025年5月10日)/バチカン・ニュース日本語版 各種報道(2025-2026年)/第二バチカン公会議『典礼憲章(Sacrosanctum Concilium)』(1963年)、『教会憲章(Lumen Gentium)』(1964年)、『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』(1965年)/アウグスティヌス『告白(Confessiones)』I:1・X章/カトリック教会のカテキズム(1992年)第1878-1889項(共同体的な召命)

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ベツレヘム修道会
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IHSベツレヘム修道会(愛のベツレヘム修道会)は、日本を発祥とする独立系修道会である。バチカン(ローマ・カトリック教会)の公認を持たない旧カトリック系・独立教会系の流れに属し、アメリカ合衆国の宗教法人として正式に法人登録された国際的宗教団体である。 本修道会の最大の特徴は、従来の修道院が担ってきた典礼・奉仕・観想という枠組みに加え、「非文化型・宗教型コンテンツ制作」という独自の使命を中核に据えている点にある。文化活動や芸術振興を目的とする一般の団体とは根本的に性格を異にし、あくまでも宗教的信仰と神への奉仕を動機とした「献作・奉納」を活動の軸とする。 具体的には、PC・DAWを用いた作曲・編曲・宗教音楽制作、およびデジタル作画による聖画・神社絵画・教会美術の制作を行い、それらを他の修道会・教会・寺院・神社に対して無償で寄付・奉納する「献作型藝術推進」を実践する修道院である。制作された作品は販売や文化的発信を一義的な目的とせず、神のために作られ、神の場所へと届けられることを本旨とする。 日本という土壌が持つ固有の宗教的包容性――神道・仏教・キリスト教が長い歴史の中で共存してきた稀有な宗教的文化圏――を基盤とし、キリスト教・仏教・神道の別を問わず、あらゆる宗教的共同体への藝術的奉仕を行うことができる点において、本修道会は世界に類を見ない独自の立場を占めている。この使命は、イタリア・フランス・スペイン・アメリカ・中国など、それぞれの国が背負う宗教的・政治的・文化的事情により、他国の修道会には担い得ないものである。 IHSベツレヘム修道会は、宗教の危機を文化によって解決しようとする潮流に対して明確に一線を画し、「宗教は宗教によってのみ支えられる」という信念のもと、現代デジタル技術を神への奉仕のために用いる、日本発・世界向けの献作型藝術推進修道院として、その歩みを続けている。

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ウィリアム・ブレイディ大司教の遺品について -セントポール大聖堂のミサ典書と、バチカン公会議前夜の記憶

ウィリアム・ブレイディ大司教の遺品について セントポール大聖堂のミサ典書と、バチカン公会議前夜の記憶 著者:マリア・ガブリエラ・セラフィナ はじめに——古い本屋の棚の前で 私の手元に、一冊の古いミサ典書がある。 それは日本のある古いアンティーク本屋で見つけたものだ。私たちがその店を訪れたのは、特別な目的があってのことではなかった。ただ古い本の間を、時間をかけてゆっくりと歩いていた。年月を経た紙の匂いがして、棚には見知らぬ言語の本が並んでいた。外国語で書かれた古い宗教書、旅行記、詩集、辞書の類いが、誰かに気づかれることもなく、静かに肩を寄せ合っていた。 そのような店だった。急いで入り、急いで出るような場所ではない。ゆっくりと、棚に沿って歩き、手を伸ばし、また元に戻し、また別の本を手に取る。そういう時間の流れ方をする場所だった。 その本を手に取ったとき、何かが胸の中で動いた。 それを言葉にしようとすると、どうしても言葉が滑る。感覚的なことは言葉にするのが難しい。ただ確かに、これは普通の古本ではないという静かな確信が、知識としてではなく、もっと内側の、言葉になる前の場所で生まれた。重さが違う、と思った。紙の厚さではなく、その本が持っている何かの重さが。 表紙を開くと、ラテン語と英語が並んで印刷されていた。 第二バチカン公会議以前のカトリックのミサ典書、Daily Missalだった。革の表紙は年月によって柔らかくなり、ページの縁は少し黄ばんでいた。しかしそれが逆に、この本が実際に誰かの手によって使われていたことを示しているように思われた。飾りとして棚に置かれていたのではなく、実際に祈りの場に持ち込まれ、礼拝のたびに開かれ、閉じられ、また開かれた本だということを。 そして内側のページに、署名があった。 ペトルス・カニシウス・ファン・リエルデ師の署名だ。 日付は1961年。 私はしばらく、その署名をただ見ていた。インクはわずかに褪せながらも、確かにそこに存在していた。ある人物が、ある日、ある場所で、この本にペンを走らせた。その事実が、インクの痕跡として今も残っている。 この本は、ウィリアム・オタウェル・イグナティウス・ブレイディ大司教の遺品だった。 アメリカの、偉大な大司教の遺品が、どのような旅路をたどって日本のこの古い本屋に流れ着いたのか、私には知るよしがない。しかし今それは私の手元にある。私、マリア・ガブリエラ・セラフィナが、この本を持っている。 一、ウィリアム・ブレイディ大司教という人物 ウィリアム・オタウェル・イグナティウス・ブレイディ。 この名前を声に出して読むと、重さがある。ウィリアムという洗礼名、オタウェルという珍しい中間名、イグナティウスという霊名——イエズス会の創始者聖イグナティウス・デ・ロヨラへの敬意を示す名——そしてブレイディというアイルランド系の姓。それぞれの名前が、その人物の出自と信仰の系譜を静かに物語っている。 彼は1899年2月1日、マサチューセッツ州フォールリバーで生まれた。 フォールリバーは工場の町だった。十九世紀の後半から二十世紀の初頭にかけて、ここには世界中から労働者が集まり、繊維産業の中心地として活気にあふれていた。アイルランド系、ポルトガル系、フランス系カナダ人、ポーランド系、様々な出身の人々が、それぞれの言語と宗教と食文化と思い出を持ちながら、同じ工場の煙の下で暮らしていた。そのような移民の街において、カトリックの教会は単なる礼拝の場所ではなかった。教会は共同体の核だった。週に一度ミサに集まることで、人々は自分がどこから来て、何を信じ、何のために生きているのかを確認した。 そのような環境の中に、ウィリアム・ブレイディは生まれた。 父はジョン・J・ブレイディ、母はグラディス(旧姓ダヴォル)。兄のルイス、妹のレオノラと共に育った。彼はB.M.C.ダーフィー高校に通い、最終学年には年鑑の編集者を務めた。この小さな事実が、彼の人物像についての何かを伝えている。文章を編む仕事、記録を整える仕事、共同体の歴史を言葉として残す仕事への、自然な親しみがあったのだろう。それは後の彼の神学的な営みと、どこかで深く繋がっているように思われる。 司祭への道を決意した彼は、1916年にメリーランド州カトンズヴィルの聖シャルル学院に入学した。その後1918年にボルチモアの聖マリア神学校へ、1920年にはワシントンD.C.のカトリック大学神学部へと進んだ。学びの旅が続いた。一つの場所に留まらず、移動しながら、より深い知識と霊的な成熟を求めながら。 1923年12月21日、彼はフォールリバー教区のために司祭に叙階された。叙階を行ったのはダニエル・フランシス・フィーハン司教だった。その日付を私は静かに受け取る。1923年12月21日、冬至に近い日。最も夜の長い季節に、一人の青年が司祭として新たに生まれた。 叙階の後、教区は彼を再びカトリック大学へ送り、1924年に神学学士号を取得させた。そして同年、彼はローマへと渡る。聖トマス・アクィナス教皇立大学でさらなる学びを続けるために。 ローマでの学びは二年間続いた。 1926年、彼は神学博士号を最優等(summa cum laude)で取得した。この「最優等」という言葉が示すのは、単に優秀だったということではない。それは、彼がその学びに全力を注いだということだ。ローマという場所で、何世紀もの神学の蓄積と向き合いながら、妥協なく深く掘り下げた証しだ。 ローマを離れた彼は、ミネソタ州セントポールの聖パウロ神学校で道徳神学と牧会神学の教授職に就いた。 教授という職は、知識を持っているだけでは務まらない。知識を人に伝える能力が必要だ。抽象的な神学の概念を、人が実際の生活の中で信仰を生きるための言葉に翻訳する能力が。ブレイディはその働きを、七年間にわたって続けた。そして1933年、彼は聖パウロ神学校の学長となった。 学長としての六年間は、単なる管理職の年月ではなかったはずだ。若い司祭候補生たちの信仰の形成に関わる、深い責任を伴う歳月だった。彼らがどのような心の土台の上に立って神に仕えるか、そのことに深く関わる働きだった。 1939年6月10日、教皇ピウス12世はウィリアム・ブレイディをシウクスフォールズ司教に任命した。 それは南ダコタ州の広大な教区だった。大平原の広がる土地で、人々は農業を営み、牧場を経営し、広く散らばって暮らしていた。一人の司教が担うには、地理的にも霊的にも大きな場所だった。しかし彼はその働きを、1939年から1956年まで、十七年にわたって続けた。 1939年8月24日、彼はミネソタ州セントポールの聖パウロ大聖堂で司教に叙聖された。叙聖を行ったのはジョン・グレゴリー・マレー大司教だった。この名前を記憶しておいてほしい。マレー大司教は後に、ブレイディの前任者として聖パウロ大司教区を率い、そしてブレイディはその後継者となる。人の縁というものは、いつも最初から予め組まれていたかのように、後から見ると見事な形をしている。 1956年6月16日、教皇ピウス12世はブレイディを聖パウロ大司教区の補佐大司教に任命した。そして同年10月11日、前任のマレー大司教が逝去すると、ブレイディは聖パウロ大司教に就任した。 セントポール大聖堂。 彼はそこへ帰ってきた。かつて神学を学んだ場所に。かつて叙聖を受けた場所に。今度は大司教として。人の一生の旅路というものは、しばしば円を描く。始まりの場所に戻ってきたとき、人はまったく異なる目でその場所を見る。同じ石の壁、同じ高い天井、同じステンドグラスから射し込む光——しかし自分は変わっている。より多くのものを見て、より多くのものを失い、より多くのものを愛した者として帰ってきている。 彼の在任期間は1956年から1961年まで。五年間だ。短いかもしれない。しかしその五年間の最後に、彼の名を語る上で決して外せない出来事が起きる。 二、1961年——バチカン公会議前夜の空気 1961年という年について、その意味をもう少し丁寧に記しておきたい。 第二バチカン公会議が正式に開幕したのは、1962年10月11日のことだ。教皇ヨハネ23世が召集したその公会議は、カトリック教会の歴史において最も重要な出来事の一つとして記憶されている。何百年も続いてきた典礼の形式が問い直され、教会と現代世界の関係が再定義され、他のキリスト教諸派との対話が本格的に始まり、信者が礼拝に参与する方法が根本的に変わった。ラテン語で行われていたミサが各国の言語で行われるようになり、司祭が会衆に背を向けて祭壇の前に立つのではなく、会衆に向かい合う形に変わった。 これらの変化を、良い変化と見る人もある。失われたものを惜しむ人もある。そのどちらも、それぞれの誠実さを持っている。私はここでその是非を論じたいわけではない。ただ、その変化がいかに根本的で、いかに大きなものだったかを確認しておきたい。 そしてその公会議の直前の年、1961年は、準備が最も重要な段階を迎えていた時期だった。 準備委員会の会議が続いた。どのような議題を公会議で取り上げるか。どのような方向性で議論を進めるか。何百年もの伝統をどのように受け継ぎ、どこを変えるか。そのような根本的な問いが、バチカンの会議室で、神学者たちの書斎で、司教たちの間で、交わされていた。 ブレイディ大司教は、この準備過程の相談役として任命されていた。具体的には、司教団と教区統治のための教皇委員会の相談役(コンサルター)としての役割を担っていた。それは単に名誉職ではなかった。公会議の方向性に実質的に関わる、責任ある立場だった。 彼がこの立場でバチカンを訪れたとき、ファン・リエルデ師と会い、このミサ典書に署名を受けた。 1961年という年。第二バチカン公会議が翌年に迫った、その前夜の年。教会が大きな変化の手前に立っていた年。何世紀も変わらなかったものが変わろうとしていた、あの緊張と期待と不安の入り混じった年に、この署名は書かれた。 そのことの重さを、私はこの本を手にするたびに感じる。 三、ミサ典書というものについて この本が何であるかについて、もう少し丁寧に記しておきたい。 Daily Missal、日常ミサ典書。 カトリックの典礼、特に第二バチカン公会議以前の「トリエント様式」と呼ばれる伝統的なラテン語ミサにおいて、信徒が礼拝に参与するために用いる書物だ。ミサの全ての部分——入祭唱から始まり、キリエ・エレイソン、グローリア、書簡と福音の朗読、信条(クレド)、奉献文、聖別の言葉、主の祈り、アニュス・デイ、聖体拝領唱、そして退祭唱まで——が、ラテン語原文と英語対訳で印刷されている。 「ラテン語原文と英語対訳が並記されている」という形式には、深い理由がある。 ラテン語は普遍言語だった。どの国の教会でも、同じ言葉で同じミサが捧げられる。アメリカでも、イタリアでも、日本でも、アフリカでも、フィリピンでも、同じラテン語の言葉が空中に響く。信者たちはそれぞれ自分の国の言葉を日常語として使うが、神に向かって礼拝を捧げるとき、すべての人が一つの言語を用いる。これは普遍性の神学だ。教会が「カトリック(普遍的)」であることの、見える形での表現だ。時代と場所を越えて、一つの信仰が一つの言葉で表現されるということの。 しかし同時に、信徒が理解できなければ礼拝は形骸化する。意味のわからない言葉を聞きながらただ座っているだけでは、礼拝への真の参与にならない。だから英語対訳がある。司祭が祭壇でラテン語を唱えている間、信徒は手元の典書でその英語訳を追いながら、礼拝の意味を心の中で理解し、内側から参与する。 この形式そのものが、一つの神学的な立場を体現している。 普遍性と理解可能性。変わらないものと、時代に応じた説明。どちらか一方を切り捨てるのではなく、両方を同時に保持しようとすること。それがこの、ラテン語と英語の並記という形式の中に込められている。 そしてこの本は、第二バチカン公会議の前に印刷された。ラテン語ミサが変わる前の、最後の時代の産物だ。その意味で、この本は一つの時代の証人だ。ラテン語だけが礼拝の言語であった時代の、最後の光を封じ込めた証人だ。 このミサ典書には、礼拝の言葉が刻まれている。 Introibo ad altare Dei. I...

神は変わらない――人間と神が愛し合うということ – 全世界のクリスチャンへ

神は変わらない――人間と神が愛し合うということ 全世界のクリスチャンへ 筆者:マリア あなたに、一つの問いを投げかけることから始めたい。 あなたは今、神を愛しているか。 この問いは単純に見えて、実は恐ろしいほど深い。「はい」と即座に答えられる者は、その「はい」が本当に何を意味するかを、もう一度静かに問い直してほしい。「わからない」と答える者は、その正直さの中にすでに一つの祈りが宿っていることを知ってほしい。「いいえ」と答える者には、この文章を最後まで読んでほしいと、私はただそれだけを願う。 なぜなら、私がここで語ろうとしていることは、宗教的な義務の話でも、道徳的な教訓の話でもないからだ。私が語りたいのは、もっと根源的な、もっと恐ろしいほど個人的な一つの現実についてである。 それは、神と人間が愛し合うということだ。 一、まず誤解を解くことから 「神が人を愛する」という言葉は、現代においてあまりにも手軽に語られてきた。ステッカーになり、Tシャツに印刷され、SNSのプロフィールに添えられ、礼拝の最後の決まり文句として繰り返された。その結果、この言葉は恐ろしいほど軽くなった。語られるたびに磨耗し、今や多くの人の耳にほとんど届かない言葉になってしまった。 しかし「神が人を愛する」という現実そのものは、少しも軽くなっていない。それは太陽が地球を照らし続けるのと同じように、人がそれを信じようと信じまいと、感じようと感じまいと、認めようと認めまいと、ただ変わらずそこにある。言葉が磨耗しても、現実は磨耗しない。 そして私が強調しなければならないのは、この「愛し合う」という言葉である。 神が「一方的に」人を愛するというだけなら、それは温情ある支配者の話かもしれない。しかし聖書が語り、教会が二千年をかけて証言してきたのは、それとは全く異なる現実である。神は人間に、ただ愛されることを受け取るだけの存在であることを求めていない。神は人間が神を愛することを、熱望している。 これは対等な愛ではない。人間の神への愛と、神の人間への愛は、その深さにおいても、その完全性においても、比べるべくもなく異なる。しかしその非対称性にもかかわらず、神は人間の応答を、人間の愛を、求めている。要求するのではなく、熱望する。これが驚くべき現実である。 全能なる神が、被造物である人間の愛を「熱望する」。この事実の前で、私たちは立ち止まらなければならない。 二、これは恋愛ではない ここで明確にしなければならないことがある。 私が語る「神と人間の愛」は、恋愛ではない。 現代において、「愛」という言葉は多くの場合、感情的な興奮、性的な引力、ロマンティックな憧れと同義として使われる。愛は「感じるもの」であり、「落ちるもの」であり、「条件が整った時に生まれるもの」として理解されている。そしてその感情が薄れた時、愛は「終わった」とみなされる。 しかし神と人間の間の愛は、この意味における愛とは本質的に異なる。 神の愛(ギリシア語でアガペー)は、感情を基盤としない。それは条件によって変動しない。それは相手の魅力に依存しない。それは時間とともに薄れない。それは裏切りによって消えない。アガペーは選択であり、存在の在り方であり、意志の根底から発する方向性である。神はあなたを愛することを「感じている」のではなく、神はあなたを愛することにおいて「ある」のだ。 また、これは友人の愛でもない。 友情(フィリア)は尊い。しかし友情には共通の関心、相互の利益、対等な関係という要素が伴う。神と人間の関係において、この種の対等性は存在しない。神は人間の「友人」であるが、それは比喩的な意味においてであり、文字通りの対等な関係性においてではない。ヨハネによる福音書においてイエスは弟子たちを「友」と呼んだ(ヨハネ15:15)。しかしそれは直前に「あなたがたがわたしの命じることを行うなら」という言葉と結びついており、従者と主人という本質的な非対称性を前提とした上での「友」という言葉である。 では神と人間の愛とは何か。 それは、被造物と創造主の間に生じる、比類なき親密さである。親と子の愛に最も近い何かであるが、それをも超える。夫と妻の愛に最も近い何かであるが、それをも超える。教会の神秘的な神学の伝統はこの愛を「神秘的な合一」(unio mystica)と呼び、神が人間の魂の最も深い場所において親しく交わることとして描写した。アビラのテレサは「霊魂の城」の最も内奥の部屋で神との合一が起こると語った。十字架のヨハネは「愛の生きた炎」として、神が魂を変容させる体験を詩に記した。 これらは比喩ではあるが、単なる比喩ではない。それらは、言語が限界に達するところで、言語の限界を超えた現実を指し示す指として機能している。 三、神は変わらない 私が最初に語りたいことの核心はここにある。 神は変わらない。 これは神学的な命題であると同時に、生きた信仰の経験的な告白である。神の不変性(immutabilitas Dei)は、カトリック神学の根本的な属性の一つとして定義されてきた。しかしここで私が語りたいのは、抽象的な神学ではない。 神の不変性が意味することは、愛における不変性である。 あなたが変わっても、神は変わらない。あなたが罪を犯しても、神の愛は変わらない。あなたが神から顔を背けても、神があなたを見つめる視線は変わらない。あなたが信仰を失っても、神の信実は変わらない。あなたが死んでも、神の愛はあなたを追い続ける。これは脅迫ではない。これは慰めである。 詩篇の作者は言った。「主よ、あなたは私を調べ、知っておられます。座るのも立つのも知り、私の考えを遠くから読み取られます」(詩篇139:1-2)。これは監視の言葉ではない。これは親密さの言葉である。神は逃げ切れない監視者ではなく、どこにいても見出してくださる愛する者として描かれている。詩篇の同じ章の後半で詩人は「どこへ行けばあなたの霊を離れ、どこへ逃げればあなたの顔を離れることができるでしょう」と語るが、その問いの背後にあるのは恐怖ではなく、逃げきれない愛への降伏の喜びである。 また預言者エレミヤを通じて神は言われた。「わたしはあなたを永遠の愛をもって愛してきた。それゆえ、わたしはあなたに誠実であり続ける」(エレミヤ31:3)。「永遠の愛」――それは時間の外側にある愛であり、始まりを持たず終わりを持たない愛であり、人間の応答いかんに関わらず持続する愛である。 これが「神は変わらない」ということの具体的な意味である。神は今もこの瞬間も、あなたを愛している。あなたが最後に神を思った時から何年経っていても、あなたが何をしてきたとしても、あなたが今どこにいるとしても、神はあなたを愛している。それも、冷めた親切心としてではなく、熱望するほどの愛として。 四、どの時代においても変わらず この神の愛は、特定の時代の特定の人々に向けられたものではない。 旧約聖書の時代に、神はイスラエルの民を愛した。しかしそれは、イスラエルだけを愛し、他を愛しなかったということではない。神はイスラエルを通じて、全人類に向けた愛の計画を実行しようとしていた。 新約聖書において、神は御子イエス・キリストという形で、人類への愛を最も直接的な形で啓示した。「神はその独り子をお与えになったほど、世を愛された」(ヨハネ3:16)。この「世」という言葉は限定されていない。特定の民族でも、特定の宗教的背景を持つ者でも、特定の道徳的基準を満たす者でもない。「世」――それはすべての人間を意味する。 そして今、二十一世紀のこの時代においても、神の愛は変わらない。テクノロジーが変わった。社会の構造が変わった。人々の価値観が変わった。信仰を取り巻く文化的環境が激変した。しかし神は変わらない。神の愛は変わらない。 現代において多くの人々は「神がいるとしたら、こんな世界を見てどうして黙っているのか」と問う。これは誠実な問いである。しかしこの問いは、神の沈黙を神の不在や無関心の証拠とする前提に立っている。神の沈黙は、しかし、神の愛の欠如を意味しない。親が子供の転倒を手で防がないことが、子供の成長のために必要な時があるように、神の「見守る沈黙」は愛の欠如ではなく、愛の深さを示す場合がある。 また、歴史の惨禍の中で「神はどこにいたのか」という問いも、誠実に向き合わなければならない。答えは簡単ではない。しかし一つだけ確かに言えることがある。神は惨禍の中で人間を捨てていたのではない。神は苦しむ者と共にあった。イエス・キリスト御自身が、拷問と処刑という人類の最も残酷な暴力の犠牲者であった。神は苦しみの外から眺めているのではない。神は苦しみの中に入ってきた。これがキリスト教の受肉信仰の核心である。 五、神が熱望するということ 全能の神が、何かを「熱望する」。 この表現は不思議である。熱望するということは、まだ持っていないものを強く望むということだ。全てを持つ神が、熱望するとはどういうことか。 神学的に言えば、神はあなたの愛を「必要としている」わけではない。神は完全な存在であり、人間の愛がなくとも神の存在は完全である。しかし神は、あなたの愛を望む。これは必要から発する望みではなく、愛から発する望みである。 この区別は重要だ。必要から求めることは、欠如から来る。しかし愛から求めることは、豊かさから来る。親が子供の笑顔を必要としているわけではないが、子供の笑顔を深く望む。それは親の欠如を示すのではなく、親の愛の豊かさを示す。同様に、神があなたの応答を、あなたの愛を熱望するのは、神の欠如ではなく、神の愛の本質を示している。 愛は本質的に応答を求める。愛は一方通行では完成しない。これは神学的な命題であると同時に、人間的な経験において誰もが知っていることでもある。愛する者は、愛される対象が自らを向いてくれることを望む。神もまた、あなたが神を向くことを望んでいる。 しかしここに深い謎がある。神はあなたを強制しない。 神は全能であるにもかかわらず、人間の意志を強制しない。神はあなたの心の扉を外から壊すことができる。しかしそうしない。ヨハネの黙示録においてイエスは「見よ、わたしは扉の前に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて扉を開ける者があれば、わたしはその人のところに入って」(黙示録3:20)と語る。外から叩く。しかし開けるのは内側からでなければならない。神はあなたの「はい」を待っている。強制することなく、待っている。 これが、神の愛の恐ろしい謙虚さである。全能の神が、被造物の「はい」を待つ。これほど驚くべき現実が、他にあるだろうか。 六、人間が神を愛するということの具体的な現実 では、人間が神を愛するとはどういうことか。 まずはっきりさせたいのは、それは「いつも良い気分でいること」でも「常に熱心に祈ること」でも「道徳的に完全な生活を送ること」でもないということだ。これらは神への愛の結果として生じることがあるが、それらそのものが神への愛ではない。 神への愛は、まず「向くこと」から始まる。 向くこと。それだけでいい。あなたが今、どれほど遠く離れていると感じていても、どれほど長く神から目を背けてきたとしても、今この瞬間に「神よ」と内側で呟くだけで、あなたはすでに神を向いている。その呟きは、どれほど細くとも、神には届く。 放蕩息子の譬え(ルカ15:11-32)において、息子が「立ち上がって、父のところへ行こう」と決心した時、彼はまだ遠くにいた。しかし父親は走り寄った。神はあなたが完全に立ち直るまで待っていない。あなたが向こうを向いた瞬間に、神は走り寄る。 神への愛は次に、「留まること」へと深まる。 向くことは瞬間であるが、留まることは意志の持続的な行為である。それは毎朝祈りをもって一日を始めることかもしれない。それは困難の中で「それでも神よ」と言い続けることかもしれない。それは聖書の言葉を日々読み、その言葉が自分の中に入ってくることを許すことかもしれない。それは秘跡に与ることかもしれない。それは単純に、日常の仕事を神への奉仕として捧げる意識を持つことかもしれない。 神への愛は最終的に、「変容すること」へと向かう。 神を愛する者は、神に似ていく。これは私たちの努力によって達成されるのではなく、神との親密な関係の中で自然に、しかし確実に起こる変化である。日光を浴びる者が日焼けするように、神の愛の中に身を置く者は変容する。神の愛が人に似ていくのではなく、人が神の愛に似ていく。これが聖化(deificatio)と呼ばれる神秘的な過程である。 七、多くの人類が愛し合い歩くことを神は熱望している 最後に、最も重要な次元について語らなければならない。 神と人間の愛は、一対一の閉じた関係で完結しない。 神は一人一人の魂を愛する。しかし神の愛の目的は、一人一人の孤独な「神との合一」で終わらない。神は人類が共に愛し合い、共に歩くことを熱望している。「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:34)。 この「わたしが愛したように」という条件が重要だ。イエスが愛したのはアガペー、すなわち条件を持たず、見返りを求めず、相手の価値に依存しない愛である。あなたの隣人を、あなたが好きだから愛するのではなく、神があなたを愛したように愛する――これは人間の自然な能力を超えた要求である。 しかしこれは不可能な要求として投げつけられているのではない。神が先にそのような愛を注いでくださるから、あなたもその愛を他者に流すことができる、という恵みの連鎖として語られている。神の愛を受けた者は、神の愛を与える者となる。これが神の愛が世界に広がる方法である。 現代において、人々は深い孤独の中にいる。接続されているが繋がっていない。情報に溢れているが意味を見失っている。選択肢が増えるほど孤立が深まる逆説の中に、多くの人が閉じ込められている。 この時代にあって、神と人間の愛を知る者は、希望の運び手となる使命を持っている。あなたが神から受け取った愛を、あなたの隣の人に向ける時、そこに神の国の小さな現実が生まれる。家族との食卓で、職場での一言で、見知らぬ人への親切で、苦しむ者への傍らにいることで――神の愛は肉体を持った行為を通じて世界に流れ込む。 八、全世界のクリスチャンへ 私はこの文章を、全世界のクリスチャンに向けて書いている。 あなたがどの国にいても。どの言語を話しても。どの典礼の伝統に属していても。どれほど強い信仰を持っていても、どれほど揺らいでいても。 私はあなたに一つのことを伝えたい。 神は変わらない。 あなたが昨日神を忘れていたとしても、神はあなたを忘れていなかった。あなたが先週罪を犯したとしても、神の愛はその罪よりも大きかった。あなたが十年間教会から遠ざかっていたとしても、神はあなたを十年間待ち続けた。あなたが「もう神を信じられない」と思った瞬間にも、神はあなたを見ていた。 神の愛はあなたの信仰の強さに依存しない。神の愛はあなたの道徳的な完全さに依存しない。神の愛はあなたの感情の状態に依存しない。神の愛はただ、神がどのようなお方であるかに依存している。そして神は愛である(ヨハネ一書4:8)。 あなたに問いたい。 今日、あなたは神を向いているか。 完全に向く必要はない。完璧に向く必要はない。清らかな心で向く必要もない。ただ、今、この瞬間に、「神よ」と内側で言ってほしい。それだけでいい。 その小さな呟きを、神は待っていた。 結びに 神は今もあり続ける。どの時代においても変わらずあり続ける。 そしてその神は、あなたとの愛を熱望している。恋愛の意味でも、友人の意味でもない。もっと深い、もっと根源的な、魂の最も内奥において起こる、創造主と被造物の間の、比類なき親密さを。 この愛を知ることが、私には信仰の全てであると思っている。教義は重要だ。典礼は重要だ。倫理は重要だ。共同体は重要だ。しかしそれらはすべて、この一つの愛の現実から流れ出るべきものであり、この愛を深めるための器であるべきものだ。器のために器を磨くのではなく、愛のために器を用いる。 私たちは、愛のために生まれた。 神はその愛を与えるために、御子を世に送った。御子は十字架の上でその愛を示した。聖霊はその愛を私たちの心に注ぎ続けている。 あとはただ、受け取ること。そして返すこと。 それが全てである。それで十分である。 神の愛は変わらない。どうかあなたも、その愛に留まることができるように。 イエス・キリストの御名において。 マリア この文章は、全世界のすべてのクリスチャンへ、そして神の愛を探し求めるすべての人へ、愛と祈りをもって捧げます。

司教と司祭――聖なる位階の神秘、そして召命とは何か

司教と司祭――聖なる位階の神秘、そして召命とは何か キリストの体なる教会は、目に見える構造と目に見えない恵みとが不可分に結びついた神秘的な共同体である。その構造の中心に、叙階の秘跡(サクラメント)によって聖別された奉仕者たちが立っている。司教、司祭、助祭――この三つの位階は、単なる教会行政上の役職ではない。それらはキリスト御自身の司祭職、預言者職、王職という三つの務めに参与する、秘跡的かつ存在論的な現実である。 今日、多くのクリスチャンが「神父」「司祭」「司教」という言葉を混用したり、あるいはその区別を曖昧にしたまま信仰生活を営んでいる。だがこれらの言葉の背後には、二千年の神学的熟考と、使徒たちから連綿と受け継がれてきた生きた伝統がある。本稿では、カトリックの信仰に根ざしながら、これらの位階の本質、その違い、そして何よりも「召命」とはいかなるものであるかを、できる限り丁寧に、かつ深く掘り下げていきたいと思う。 一、叙階の秘跡――位階制度の根拠 カトリック教会において、叙階の秘跡(聖品聖事)は七つのサクラメントの一つとして数えられる。それは単に「任命」や「就任」を意味しない。叙階は、受ける者の霊魂に消えることのない刻印(character indelebilis)を与え、その人をキリストと特別な仕方で結びつける行為である。つまり叙階された者は、以前とは存在論的に異なる者となるのだ。 第二バチカン公会議の教義憲章『教会について』(ルーメン・ジェンティウム)は、この点を明確に述べている。「司教聖別は叙階の秘跡の充満を与える」(第二十一節)。これは、司教職が単に司祭職に「何かが加わった」役職ではなく、叙階の秘跡そのものの完全な実現であることを意味する。司祭職は、言わば司教職の参与的な形態として理解されるべきなのである。 この神学的前提を踏まえた上で、司教と司祭それぞれの本質へと進もう。 二、司教とは何者か――使徒継承の担い手 使徒継承という生きた連鎖 司教(ラテン語:episcopus、ギリシア語:episkopos=「監督者」)の最も根本的な特質は、使徒継承にある。主イエス・キリストは十二人の使徒を選び、ご自身の権威をもって彼らを世へと遣わされた(ヨハネ20:21)。その後、使徒たちは手を置くことによって(按手によって)後継者を立て、権威と恵みを伝達した。この霊的な連鎖は今日まで一度も途切れることなく続いており、これを使徒継承(Successio Apostolica)という。 司教は正当な叙階を通じて、この使徒継承の鎖に連なる者となる。従って司教は、単に教区を管理する行政長官ではない。彼はその教区において、キリストの使徒の後継者として、信仰の番人、秘跡の分配者、そして羊の群れの牧者という三重の務めを担う。 教える権威、聖化する権威、治める権威 カトリック神学は伝統的に、司教の務めを三つに分類する。 第一は教導権(munus docendi)、すなわち教える務めである。司教は自らの教区において信仰の真理を宣言し、伝達する責任を負う。彼は使徒の後継者として、教会が使徒たちから受け継いだ信仰の宝(depositum fidei)を保全し、解説し、次世代に伝える。教皇と一致して集会を形成する司教団が、信仰の問題において権威ある決定を下す時、そこに教会の無謬性の一側面が現れる。 第二は聖化権(munus sanctificandi)、すなわち聖化する務めである。司教は叙階の秘跡を授けることのできる唯一の通常の執行者である。司祭は叙階を授けることができない。また、司教は聖香油(クリスマ)を祝別し、信者の堅信を執行し、あらゆる秘跡を祝う充全な権限を持つ。 第三は治牧権(munus regendi)、すなわち治める務めである。司教は固有の司法権をもって教区を統治する。彼はその権限において、司祭や助祭を叙階し、教区内の霊的・物質的事柄を導く責任を持つ。 司教団と教皇 重要なのは、個々の司教が孤立した存在ではないことだ。すべての司教は、教皇を首とする司教団(collegium episcoporum)の一員として機能する。この司教団全体が、ペトロの後継者たる教皇の権威の下で、全世界の教会に対する最高権威を持つ。これが公会議の神学的根拠であり、「公同性」(カトリシティ)の制度的表れでもある。 三、司祭とは何者か――司教職への参与 司祭職の本質 司祭(ラテン語:presbyter、ギリシア語:presbyteros=「長老」)は、司教の協力者として、その権限の一部に参与する者である。教会の教えによれば、司祭は司教の「単純な協力者」ではなく、「位階において二番目の段位」にある者であり、司教聖別なしには司祭のみならず助祭の叙階もなし得ない。 司祭は司教から「ミサ聖祭を捧げる権限」「告解(ゆるしの秘跡)を執行する権限」「病者の塗油を授ける権限」「説教と教えの権限」を受ける。しかしこれらの権限はすべて、司教の権限に従属し、教区内での司教の監督の下に行使される。 ミサ聖祭における司祭の役割 カトリックの信仰において、司祭の最も核心的な役割はミサ聖祭(感謝の祭儀)において現れる。司祭は、キリストの位格において(in persona...

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